認知機能は、日常生活の自立や社会参加を支える重要な基盤です。
高齢者や神経疾患の対象者においては、認知機能の低下がADLやQOLの低下、転倒リスクの上昇、介護負担の増加などに直結するため、早期のスクリーニングと適切な評価が不可欠です。
しかし、学生や若手療法士の中には、「MMSEやHDS-Rなどの点数をどう読み解き、臨床判断にどう活かすべきか」に悩む場面も少なくありません。
そんな時に指針となるのが「カットオフ値」です。
カットオフ値は、認知症やMCI(軽度認知障害)の可能性を判定するための基準であり、介入の必要性や退院支援の方針決定にも役立つ臨床的な判断材料となります。
ただし、評価法や対象者の背景によって基準値は異なるため、すべてを記憶しておくのは困難です。
そこで本記事では、臨床現場で使用頻度の高い認知機能評価のカットオフ値を、文献とともに一覧で整理しました。
教育・臨床・退院支援の場面で、ぜひご活用ください。
カットオフ値とは?
カットオフ値とは、ある評価指標において「リスクあり/なし」「正常/異常」などを判定するための基準値です。
臨床現場では、対象者の状態を定量的に把握し、介入の必要性や方針を判断する際の重要な指標となります。

カットオフ値は、判断材料として優れた基準値ですが、「絶対的な基準」ではなく「参考値」であることに注意しましょう。

疾患・年齢・文化的背景による変動や、評価するときの椅子の高さなど、評価手技のばらつきがあることも念頭に置く必要があります。
HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)
HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)のカットオフ値は、認知症スクリーニングにおいて広く用いられており、20点/21点を境界とする報告が最も一般的です。
■感度:約90%、特異度:約82%。アルツハイマー型認知症に特に有効。
■Cronbach’s α = 0.90と高い信頼性を示す。
(Cronbach’s α:複数の検査者が検査・測定を行ったとき、値がどれくらい一致するかを表す指標)
- HDS-RはMMSEと異なり、動作課題を含まないため、運動障害のある対象者にも施行しやすい。
- 記憶・見当識・注意・語の流暢性などを短時間で評価可能で、特にアルツハイマー型認知症との相性が良いとされています。
- 単独で診断するのではなく、他の評価法(例:CDT、MoCA)との併用が推奨されます。
| カットオフ値 | 解 釈 |
|---|---|
| 20点以下 | 認知症の疑いあり |
| 21点以上 | 認知症可能性は低い |
📚 参考文献
- 加藤伸司(2020)
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の理解と活用
老年臨床心理学研究. 4:47–54.
J-STAGE PDF(日本語) - Imai Y, Hasegawa K.
The Revised Hasegawa’s Dementia Scale (HDS-R): Evaluation of its Usefulness as a Screening Test for Dementia.
J.H.K.C. Psych. 1994;4(SP2):20–24.
PDF(英語) - 医学・心理学・リハビリの情報発信局(2025)
HDS-Rまとめ:仕組み・歴史・病型ごとの使い分け
記事リンク
MMSE(Mini-Mental State Examination)
MMSE(Mini-Mental State Examination)は、30点満点で認知機能を評価し、見当識・記憶・注意・言語・構成能力などを網羅しています。
MMSEは、教育歴・文化的背景の影響を受けやすいため、補助的評価(MoCA・HDS-R)との併用が推奨されます。30点満点で、27〜30点でもMCIの可能性があるため、点数だけで判断せず臨床所見と併せて評価することが重要です。
| カットオフ値 | 解 釈 |
|---|---|
| 23点以下 | 認知症の疑いあり |
| 24-27点 | MCI(軽度認知障害)の可能性 |
| 28点以上 | 正常範囲(教育歴の影響あり) ※高学歴者では過小評価の可能性あり |
MMSEの感度・特異度をMCI(軽度認知障害)対象者で検証した結果、MCI(軽度認知障害)の検出にはMoCAの方が優れている可能性が示唆されています。
📚 参考文献
- Folstein MF, Folstein SE, McHugh PR.
“Mini-mental state”. A practical method for grading the cognitive state of patients for the clinician.
J Psychiatr Res. 1975;12(3):189–198.
PubMed PMID: 1202204 - 新井平伊ほか(日本語版MMSE)
Mini-Mental State Examination(MMSE)の日本語版作成とその信頼性・妥当性の検討.
精神神経学雑誌. 1991;93(10):1025–1032.
J-STAGE PDF(日本語) - Arevalo-Rodriguez I, et al.
Mini-Mental State Examination (MMSE) for the detection of Alzheimer’s disease and other dementias in people with mild cognitive impairment (MCI).
Cochrane Database Syst Rev. 2015;3:CD010783.
DOI: 10.1002/14651858.CD010783.pub2
MoCA(Montreal Cognitive Assessment)
MoCA(Montreal Cognitive Assessment)は、30点満点で構成されMCI(軽度認知障害)の検出においてMMSEよりも高い感度が示されており、認知症の前段階での介入判断に役立つ検査です。
MoCAはMMSEよりも難易度が高く、注意・実行機能・記憶・言語・抽象思考・視空間認知などを網羅している検査になります。
日本語版MoCA(MoCA-J)の妥当性を検証では、25点以下でMCI(軽度認知障害)の可能性ありと報告されいます。
| カットオフ値 | 解 釈 |
|---|---|
| 25点以下 | MCI(軽度認知障害)の可能性あり |
| 26点以上 | 正常範囲 ※教育歴による補正(+1点)を考慮する場合あり |
教育歴が12年未満の対象者には+1点の補正が推奨されています。
📚 参考文献
- Nasreddine ZS, et al.
The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment.
J Am Geriatr Soc. 2005;53(4):695–699.
PubMed PMID: 15817019 - Fujiwara Y, Suzuki H, Yasunaga M, et al.
Brief screening tool for mild cognitive impairment in older adults: validation of the Japanese version of the Montreal Cognitive Assessment.
Geriatr Gerontol Int. 2010;10(3):225–232.
PubMed PMID: 20840333
まとめ
認知機能の評価は、単なるスコアの確認ではなく、対象者の生活背景・疾患特性・介入方針を総合的に判断するための出発点です。
本記事では、HDS-R・MMSE・MoCAといった主要な認知機能評価法について、文献に基づくカットオフ値と臨床的な意味づけを整理しました。
カットオフ値は、臨床判断を助ける有用な指標ですが、「絶対的な診断基準」ではなく「参考値」であることを常に意識することが重要です。
教育歴・文化的背景・評価手技の違いによって数値は変動するため、他の評価法との併用や、臨床所見との統合的判断が求められます。
今後は、身体機能評価やADL評価などのカットオフ値についても整理していく予定です。
シリーズ全体を通して、教育・臨床・退院支援の現場で役立つ実践的な知識の体系化を目指しています。










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