運動失調は、小脳性疾患・脳卒中・神経変性疾患などに広く見られ、歩行・バランス・巧緻性・姿勢制御など、日常生活の多くの場面に影響を及ぼします。
そのため、失調の重症度や転倒リスクを定量的に把握する評価法の選定と、カットオフ値の理解が極めて重要です。
しかし、学生や若手療法士の中には、「SARAやICARSなどの評価結果をどう読み解き、介入方針にどう活かすべきか」に悩む場面も少なくありません。
そこで本記事では、臨床現場で使用頻度の高い失調評価法のカットオフ値を、文献ベースで一覧化し、介入判断や退院支援に役立つ知識として整理しました。
カットオフ値とは?
カットオフ値とは、ある評価指標において「リスクあり/なし」「正常/異常」などを判定するための基準値です。
臨床現場では、対象者の状態を定量的に把握し、介入の必要性や方針を判断する際の重要な指標となります。

カットオフ値は、判断材料として優れた基準値ですが、「絶対的な基準」ではなく「参考値」であることに注意しましょう。

疾患・年齢・文化的背景による変動や、評価するときの椅子の高さなど、評価手技のばらつきがあることも念頭に置く必要があります。
SARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)
SARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)のカットオフ値は、運動失調の重症度分類や歩行自立の予測に活用されます。
特に「18.5点」が歩行自立の可否を判別する有力な基準として報告されています。
| 対 象 | カットオフ値 | 解 釈 |
|---|---|---|
| 小脳性運動失調患者 (回復期) | 18.5点未満 | 歩行自立の可能性が高い |
| 小脳性運動失調患者 (回復期) | 18.5点以上 | 歩行に介助・支援が必要な可能性 |
| 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症など | 30点以上 | 重度の運動失調。座位・立位保持にも支障あり |
📚 参考文献
- 山内康太ほか(2013)
脳卒中に伴う運動失調重症度評価の有用性について
脳卒中. 35(6):418–424
J-STAGE PDF(全文)- 急性期脳卒中患者において、SARAとBarthel Index(BI)との間に有意な負の相関(r = −0.725)を認め、SARAはADL自立度の予測に有用と報告。
- 石川真衣ほか(2020)
回復期病棟における小脳性運動失調患者の歩行の予後予測について
PDF全文(愛知県理学療法士会)- SARA得点が18.5点未満で歩行自立の可能性が高いと判別。ROC曲線分析でAUC = 0.97と高精度。
- 佐藤和則ほか(2025)
SARA日本語版の信頼性に関する検討
CiNii Research- 日本語版SARAの信頼性(ICC > 0.95)を報告。臨床研究での使用に適していると評価。
ICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale)
ICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale)のカットオフ値は、運動失調の重症度分類や歩行自立度の予測に活用されます。
現時点では「明確な国際標準のカットオフ値」は存在しませんが、国内外の研究で臨床的な目安が提案されています。
| 重症度分類 | 得点範囲 | 解 釈 |
|---|---|---|
| 軽度失調 | 0-30点 | 歩行・ADL自立可能。 外来リハや生活期支援が中心 |
| 中等度失調 | 30-60点 | 歩行に不安定さあり。 見守り・支援が必要 |
| 重度失調 | 61点以上 | 座位・立位保持に支障。 介助・環境調整が必要 |
📚 参考文献
- 山田誠ほか(2012)
小脳脳血管障害患者の運動失調評価尺度 (ICARS)と歩行自立度の検討について
相澤病院医学雑誌. 10:23–26
CiNii Research- ICARS得点と歩行自立度の相関を検討。得点が高いほど歩行能力が低下し、在宅復帰困難となる傾向を報告。
- 国際神経連盟(1997)
ICARS原典:International Cooperative Ataxia Rating Scale
解説ページ(Jmedia Wiki)- ICARSは、姿勢・歩行(34点)/四肢運動(52点)/構音(8点)/眼球運動(6点)の4下位尺度で構成。最大100点満点で、高得点ほど重度の失調を示す。
まとめ
運動失調は、歩行・バランス・巧緻性・姿勢制御など、日常生活に広く影響を及ぼす症候であり、早期の定量評価と介入方針の決定が重要です。
本記事では、SARA・ICARSについて、文献ベースでカットオフ値と臨床的解釈を整理しました。
特にSARAでは「18.5点」が歩行自立の予測指標として有効であり、ICARSでは得点帯による重症度分類が介入方針の判断材料となります。
また、BBSやTUGは転倒リスクの予測に活用され、失調症状の影響をバランス・歩行能力から評価する補助指標として有用です。
今後も、各評価のカットオフ値の活用例を整理し、教育・臨床・退院支援の現場で役立つ知識体系の構築を目指していきます。










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