理学療法士として臨床に立っていると、大腿骨頚部骨折に対する人工骨頭置換術(BHA)や人工股関節全置換術(THA)の患者さんを担当する機会が多くあります。
これらの術後リハビリでは、脱臼肢位の管理が極めて重要です。
学生や新人の頃は「脱臼肢位=屈曲+内転+内旋」と教わることが多いですが、なぜその肢位が脱臼リスクとなるのかを構造的に理解している人は意外と多くありません。
この記事では、後方アプローチにおけるBHA・THA後の脱臼リスクの原因を、股関節の靭帯・筋の機能とあわせて整理します。
- 後方アプローチの脱臼肢位「屈曲+内転+内旋」に関与する筋・軟部組織
- 坐骨大腿靭帯・恥骨大腿靭帯の役割
- 外旋筋群(特に外閉鎖筋)の作用と脱臼リスクとの関係
- BHA・THA後の脱臼リスクが高い時期
脱臼リスクの本質
BHA・THA後の脱臼は、「骨頭が後方へ移動しようとする力」>「それを制動する軟部組織の抵抗」となったときに発生します。
術後早期は、
- 靭帯の連続性が低下
- 外旋筋群の機能低下
が起こりやすく、後方脱臼のリスクが高まります。
靭帯による安定性
股関節の安定性には以下の靭帯が関与します。
- 腸骨大腿靭帯(Y靭帯)
- 上方繊維:外旋・内転で緊張
- 下方繊維:伸展+外旋、外転、内旋で緊張
- 恥骨大腿靭帯
- 外転で緊張
- 伸展位(中間位)では外旋で緊張
- 屈曲60°以上では内旋で緊張
- 坐骨大腿靭帯
- 後方脱臼に最も関与する靭帯
- 深屈曲+内転+内旋で、骨頭が後方へ移動する力に抵抗
- 上方繊維:屈曲・内転・伸展で緊張
- 下方繊維:屈曲・内旋・伸展で緊張
▶ 靭帯からわかること
股関節屈曲位での内旋を制動しているのは、主に坐骨大腿靭帯と恥骨大腿靭帯です。
したがって、BHA・THAでこれらの靭帯が損傷・切離・緊張低下を起こすと、深屈曲+内旋で骨頭が後方へ移動しやすくなり、脱臼リスクが上昇します。
筋肉による安定性(外旋筋群)
股関節周囲には、いわゆる外旋六筋が存在し、後方安定性に寄与します。
- 梨状筋
- 上双子筋
- 下双子筋
- 内閉鎖筋
- 外閉鎖筋
- 大腿方形筋
しかし、これらの筋は股関節角度によって作用が変化するため、深屈曲位では十分に内旋を制動できない筋もあります。
- 梨状筋
- 股関節屈曲 65°以上 → 内旋作用に変化 → 深屈曲位では内旋制動に寄与できない。
- 内閉鎖筋
- 屈曲 0°:内旋に対して強く緊張
- 屈曲 90°:緊張が弱い
- 屈曲 95°以上:内旋作用に変化 → 深屈曲位では内旋制動が困難
- 外閉鎖筋
- 屈曲 0°:内旋に対して強く緊張
- 屈曲 90°:内旋で強く緊張 → 深屈曲位でも内旋制動が可能
▶ 筋からわかること
深屈曲位で内旋を制動できるのは、外閉鎖筋が中心的役割を担っている。
したがって、外閉鎖筋の機能低下や付着部の損傷などは、後方脱臼リスクを大きく高めます。
まとめ:脱臼リスクの原因
深屈曲+内旋を制動する以下の組織が弱くなると、後方脱臼が起こりやすくなります。
- 坐骨大腿靭帯
- 恥骨大腿靭帯
- 外閉鎖筋
これらは後方アプローチで影響を受けやすく、術後早期は特に脱臼リスクが高まります。
脱臼リスクはいつまで続くのか
- THAの初回脱臼の半数以上は術後6週間以内
- 早期脱臼が起こった場合、約1/3で習慣性脱臼に移行
- 術後1年以上経過すると初回脱臼の発生率は低下
まとめ
後方アプローチのBHA・THA後に脱臼が起こりやすいのは、深屈曲+内旋を止めてくれる靭帯や筋が、術後しばらく十分に働かないためです。
特に「坐骨大腿靭帯」「恥骨大腿靭帯」「外閉鎖筋」の3つは、後方脱臼を防ぐうえで中心的な役割を担っています。
これらの組織が弱っている術後早期は、「屈曲+内転+内旋」の組み合わせで骨頭が後方へ逃げやすくなります。
術後6週間は特に注意が必要で、動作の流れの中で脱臼肢位に入らないよう、環境調整や動作指導が重要になります。


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